加藤’s EYE

発散しよう!コロナストレス ゴム商社マンの世界オフショット紀行⑤~アマゾンの川面に思う

今回の出張先はアマゾン熱帯雨林地帯のほぼ中央部にあるブラジル・マナウス。1669年建設された要塞を中心に最初のヨーロッパ人集落が形成された都市で、郊外には広大な牧場で牛がのんびりと草を食み、更にその先に足を延ばすと、「緑の魔界」と恐れられるジャングルが圧倒的な勢いで迫って来るのだそうです。「ついにこんな地の果てまで来てしまった…」悠久のアマゾン川の岸辺に立ち尽くす商社マンの独り言を聞いてみましょう。


2007年11月某日

ブラジルのアマゾン川を1500kmさかのぼったマナウス市に出張した。アマゾン熱帯雨林地帯のほぼ中央部にある街だ。台湾で製造したゴム加工の機械の販売を仲介し、それをコンテナ船でアマゾン川を4日間さかのぼりこの街に届ける。現地での納品立会が今回の業務だ。 自分自身はエジプトカイロでの仕事を終えて、サンパウロ経由、マナウスに入ったのだが、首都サンパウロからは陸路ではいけない街だった。(注 2021年現在の今でも事実上、この街に行くのは空路と水路しか交通手段がない。)

ブラジルは広い。サンパウロからマナウスに5時間飛ぶのだが、これは国内線夜行便だ。昔米国駐在をしていた時はよくロサンゼルスからクリーブランドまで国内夜行便に乗ったのを思い出したが、アメリカと違って、ジャングルを超えていくアマゾンの夜空はなんとなく不気味だ。

業界では周知のことだが、実はこのマナウスは世界の天然ゴムの起源の場所だ。

19世紀末ごろ、アマゾンは世界唯一のゴム供給源であり、工業化の進んだイギリスやアメリカにゴムを輸出していた。マナウスはこのゴム・ブームにより繁栄し、そのシンボルとして天然ゴムの御殿が建てられた。それが今はアマゾナス劇場になっている。

だが、イギリス人探検家ヘンリー・ウィッカムが数千ものゴムのタネをアマゾンからイギリスにこっそり持ち出し事態は一変する。イギリスは東南アジアの植民地でゴムを育て、その後マレーシアやタイに広まって、マナウスはその世界的な覇権を失うことになるのだ。

とはいえ現在のマナウスに目を向けると、人口200万人。高いビルもある。自動車も多い。そこそこの都市である。アクセスに陸路がないので、これらの資材は全部船で運んできたそうだ。

日本から遥か離れたこの地にも、日系企業の工場がある。ヤマハ、パナソニック、ソニー、カワサキ、サンヨー、フジフィルム、ダイキン、キャノンと40社もある。自分が来たのもこの地にある日系ゴム会社への機械の納入だった。どうしてアマゾン川を1500kmもさかのぼった街に日系会社が多くあるのか?現地駐在の日本人に聞いてみると、この街が保税地域になっているからだそうだ。納得。街で日系人がやっている食堂で、いただいたかつ丼が妙においしかった。

3日間のゴム機械の設置、試運転が終わり、時間があったので、アマゾン川を見に行った。

川幅は気が遠くなりそうなくらい広く、対岸が霞んで見える。まるで海みたい。雨期乾期で、水面の高さが10m以上変わる。

川魚の市場に行った。アマゾン川の魚だ。当然、お馴染みのピラニアがいる。見たこともない、グロテスクな魚も売られていた。

地元の人の話ではここから川を1日間さかのぼると、法の及ばない場所がある。警察も行けない。行って戻れた人がいないとのこと。人を食う未知の怪獣、はたまた部族がいるのだろうか?

街の酒場でマリオン・レイブンウッドのような美人考古学者に助けを求められて、インディ・ジョーンズのように、失われたアーク《聖櫃》を求めて船をこぎだしている自分の姿を想像してみた。

だめだ、どんな美人に助けを求められても、自分にはこれ以上アマゾン川をさかのぼる勇気はない。

小心なのか、分別なのか。川辺でそんなことを自分に問いかけている間にも、アマゾン川は絶え間なくその濁った水を下流に運んでいた。