今回の出張先はベトナム・ホーチミン市。この商社マンは現地に合弁会社があることから、ここヘは年に何度も出張しているようです。ただこの日だけは、仕事の合間にビジネススーツを脱ぎ棄ててホテルを抜け出し、ヘップバーンよろしくローマならぬ「ホーチミン市の休日」を楽しんだとか。早速その様子をのぞいてみましょう。
2017年12月某日
現地の合弁会社の代表をやっていることもあり、ベトナム・ホーチミン市への出張機会は多い。今回は合弁会社の関連する天然ゴム農園を訪問した。広大な敷地にゴムの木が整列して植えられてとてもきれいだ。農園の関係者に会うと歓迎の笑顔におだてられて、さっそくゴムの木からゴムの原料ラテックスの採取体験を進められた。これが結構難しい。なるほど、これは歓迎の行事ではないな。つまりは現場の苦労を知れということなのだ。
街に戻ったら今度は現地のゴム関係者があつまる大パーティーに出席。通称ラバーディナーと呼ばれるこのパーティーは1000人以上の規模の大招宴。ここでも合弁会社の代表は宴を盛り上げようと大奮闘。
やれやれ、やっと今日が終わった。ホテルに戻って代表の衣を脱いでひとりの時間を取り戻す。
実は夜も更けているというのに、ホテルを抜け出してやってみたいことがあった。それは、ホーチミン市内をバイクの後ろに乗って4時間市内を走り回り、ベトナムB級グルメを楽しむたったひとりの個人ツアー。
電話で申し込み、言われた場所に行くと、参加料と引き換えにヘルメットを渡された。やがて人なつっこい笑顔がまぶしい若い女性がバイクを運んできた。
えっ、自分で運転するの?驚く自分に女性がはやく後ろに乗れという。えっ、この娘が運転するの? たび重なる驚きの事態に翻弄されながらも、恐る恐る後部シートへ。
乗った途端にバイクは時速50kmくらいで疾走。周知のとおりベトナムの交通事情はカオスの一歩手前。人と車の間を躊躇のない器用さですり抜ける娘っ子ドライバーの運転に、体を揺さぶられる。もうとっくに下心なんて路傍に振り落とされて、必死に彼女の細い腰にしがみついた。
ふとオードリーヘップバーンが、ベスパに乗ってローマ―の休日を過ごした映画を思い出す。もしあの舞台がローマでなくてホーチミン市だったら、どんな映画になっていたのだろうと思うと、自然と笑いが込み上げてきた。
ひととおり市内を巡って、ツアーの最後はホテルの屋上バーでビールを楽しんだ。揺さぶられた胃袋にビールが染み渡る。前の席には娘っ子ドライバーが座っているが、私をホテルに送る最後の仕事のために、もちろんアルコールではなくベトナムコーヒーを飲んでいる。
明日にはまたスーツを着て、ビジネスの日常に戻る自分。
ホーチミン市の夜景を望みながら、また「ローマの休日」の1シーンが思い浮かんだ。
ホテルに戻った王女が記者から今回の各国訪問で最も印象に残った都市を問われて、本来ならばすべての都市が気に入ったと当たりさわりのない答えのはずが、こう即答した場面だ。
「ローマです! なんと申しましてもローマです。私は、ここでの思い出を生涯大切にすることでしょう。(Rome! By all means, Rome. I will cherish my visit here in memory as long as I live.)」
今回のバイクツアーがそれに近い心境を自分にもたらしていることが不思議でしょうがなかった。 とにかく、ジャンクな夕食がついて約5000円のこのツアー。どの国の王女にも俄然喜ばれるツアーであることは間違いない。