加藤’s EYE

発散しよう!コロナストレス
ゴム商社マンの世界オフショット紀行⑬~狂気と幻想のアメリカ・シカゴ

ナイアガラの滝からシカゴへ飛ぶ商社マン。雄大な自然に触れた後に、人間の夢と野望にまみれた街に飛び込むのですから、これから見舞われる狂気と幻想も半端ではないはず…。商社マンの精神状態もちょっと心配ですが、とりあえずその様子を覗いてみましょう。


2013年10月某日

ナイアガラの滝の見物の後は、シカゴに飛ぶ。シカゴは国内ではニューヨークとロサンゼルスに次ぐ人口を持つ全米3位の都市。その位置はミシガン湖に面しており、ミシガン湖から吹いてくる風のおかげで夏が涼しいことから「Windy City(風なびく都市)」の愛称で呼ばれる。ただし、今では「高層ビルが密集しているシカゴ都心部は風が強い」意味の方が勝っていると聞いた。

まず、シカゴ大学に用事がありそのキャンパスを訪問した。シカゴ大学は、シカゴ中心部郊外から南に約11km、ハイドパーク地区とウッドローン地区の間に位置する。関係者から、大学構内の化学学科を見せてもらったのだが、建造物の多くは19世紀後半に石灰岩でゴシック・リヴァイヴァル建築を採用して建てたもので、樹々とマッチしてとても美しいキャンパスであったことが印象深い。

そして、印象に残ったことがもうひとつ。それは「大学ポリス」である。実は大学の周辺は治安が悪い。毎日発砲事件が起こる。ただ、大学関係者の80%が住む大学の周辺2km内は大学およびシカゴ当局が治安の確保に格別の努力をしている。大学にはSecurity Department(俗にUniversity Policeと呼んでいる)があり、シカゴ市警官と同等の権限を持つポリスが地区を守っている。独自に10台以上のパトカーを所有しており、自分もキャンパスで幾度となくPOLICE CARが巡回しているのを目撃した。

シカゴ大学はノーベル賞受賞者を100名輩出しており世界で最も評価が高い大学の一つである。特に経済学部が有名なのであるが、そんなことより「大学ポリス」の存在に目が行ってしまう自分はやはり俗人なのであろうか…。

シカゴ大学の用事を済ませると、高層ビルのジョンハンコックタワーに登る。※注)同ビルは2018年2月に「875ノース・ミシガン・アベニュー」に改名している。

高層ビルの頂から望むシカゴの景色。西は広い大平原で、東は巨大な湖。冬は寒い寒い風が湖からくるに違いない。

「こんな景色を見ていると、あたし複雑な心境だわ」

驚いて急に話しかけられた先に目を向けると、エプロンにほっかむり、まさに19世紀の農婦のいでたちの婦人が立っていた。

「わたしが牛舎で牛の搾乳をしようとした時にね、その牛がランタンを蹴ったのが出火の原因だってみんな大騒ぎしたじゃない」

「えっ?もしかしてキャサリン・オレアリーさん!」

「ええ。キャシーと呼んでくれていいわよ」

1871年10月8日夜にシカゴ市内で発生した大規模火災。17,400以上の建造物が全焼し、死者は250人以上。住む場所を失った人は10万人以上。それは、シカゴ大火(たいか)と呼ばれ史上最大級の災害としてアメリカ史に刻まれている。目の前にいる婦人は、その大火の出火犯人だとスケープゴートにされた本人なのだ。

「でも、キャシー。それはシカゴ・リパブリカン紙の捏造記事だったって、今ではみんな知っているよ」

「ええ、でも今となってはそんなことどうでもいいの。観てごらんなさいよ、この高層ビルが立ち並ぶ街を」

シカゴ大火により、シカゴの産業や街の姿も大きく変わった。それまでの農業や牧畜といった農畜産業中心から工業機械、家電、家具市場などへ大きく変貌。また古い木造住宅はこの災害で軒並み大きく焼け落ち、被災後は建築素材として石造、鉄製や煉瓦が多く取り入れられた。そして、現在の摩天楼の発祥した場所ともいわれるシカゴの高層ビルの建築が、ここからスタートしたのだ。

「シカゴ大火で焼け野原になってしまって、広大な空き地ができたものだから、国中から有名な建築士が集まって、ここそこに超高層ビルや鉄筋高層ビルを建てまくって」

「いいじゃないですか。みんなで力をあせて再開発できたのだから」

「だけど、『急な復興・再開発』っていうのが曲者ね」

「どういうこと?」

「復興や再開発はね、ゆっくり時間をかけてやるべきものなの。急げば急ぐほどそこに住む人の顔も心も歪んでくるものなのよ」

「そんなことはないでしょ」

「いいえ、絶対そうよ。げんにその後変なギャングが現れるし、一向に減らない犯罪率なんか見れば一目瞭然じゃない」

「でも、必ずしもそれが理由だとは言えないのではないかと…」

「ああ…あの時、ランタンに十分注意していたら、今のシカゴはもっと安全な優しい街になっていたはずなのに」

「え?」

「冗談よ」そう言ってキャシーは豪快に笑った。

「でもキャシー。善きにつけあしきにつけ、街は人と同じように生きているのだから、失ったものを惜しむより、今ある姿を楽しむべきじゃないですか」

「なんと享楽的な考え方なの。私たちアイルランド系移民のカトリック教徒には想像もつかないわ」

キャシーの非難に自分も思わず苦笑い。暫くすると、彼女は諦めたように言葉を続けた。

「そうね。あなたは今を生きている人なのだから、今のシカゴを楽しんでらっしゃい」

キャシーに笑顔で送られて、ジョンハンコックタワーを出た。まずは市内の地下鉄に一日券を買って乗った。道の上を地下鉄がくねくね曲がりながら走っている。古い町並みでは、まるで今にもアル・カポネが飛び出てきそうだ。食事はご当地のシカゴピザ。そして、夕方から大リーグのWHITE SOXの試合を観に行った。

スクラップ・アンド・ビルド。街は破壊と再建を繰り返して進化していく。キャシーの言うように、進化の過程でゆがみが広がり、多くのものが消失しているのは確かだ。しかし、本当に大切なものは、そんな淘汰の波を乗り越えて残っていくのだと信じよう。

明日は仕事が休みなので、シカゴ美術館と科学博物館を見に行くことにする。